父上も年齢を重ね、理事長職と国王としての職務を兼務する事が大変になってきた事もあり、私の社会経験の一環として早期に就任せよという話だった。
我が弟のダンティエスも同じような理由で卒業後に校長に就いたのだが、父上の思惑としては我々兄弟を競わせる意味もあったらしい。
今のところ私が王太子ではあるが、父上はダンティエスの能力が私より上回れば彼に王位を渡す事も考えていると仰っていた。
そこには無能な者に王位を渡す気はないという、国を想う国王としての断固とした考えがあると私は思っている。だからこそ、この理事長という職をしっかりと全うしたいと常々考えていた。
我が学園に職員として入ってきた公爵令嬢のクラウディア・ロヴェーヌ嬢は、学園の風紀を乱す存在として見過ごす事の出来ない人物だった。彼女とは幼馴染で昔は仲よくしていた事もあったが……一時期から疎遠になり、どんどん見た目が派手になっていった。
胸元を大きく開け、歩くだけで男を誘っていると言わんばかりの服装だ。 それとともに様々な良くない噂が私の耳をかすめていく。男遊びが激しく、貴族令息を誘惑して回っているというものだ。見た目が見た目だけに誰もがその噂を信じていく。
私は昔の印象もあるので信じがたい気持ちだったが、学園の教職員として就任した彼女と話して愕然とした。 昔の面影は全くなく、ねっとりとした話し方で誘うような言い方をしてくるので思わず拒否反応が出てしまったのだ。それでも信じがたかったが、私の目の前で男性職員に密着している姿を見た時は、もう昔の彼女はいないのだなと悟った。
いずれにしても学園の風紀を乱す者は許し難い事なので、彼女に会う度に何度も注意をしたが全く聞き入れる気はなく、私を堅物で融通が利かない人間だと言い放つ。口を開けば甘ったるい話し方でそれについても注意をしたが「理事長が意識しすぎなんですよ。生徒にも特に何も言われた事はありません」と言い始める始末――――生徒が先生に意見出来ないでいるかもしれないのに、あまりに能天気過ぎる。
これ以上注意しても無駄だと放置してしまえば楽だっただろうが、理事長という立場上そうもいかないので様々な手を考えたのだが、ことごとく玉砕。 どうしたものかと頭を悩ませていたところに、あの事件が起きる。 私がエントランスホールに向かう廊下を歩いていると、突然悲鳴が聞こえたと同時にロヴェーヌ先生が階段から落ちてきたのだ。 「な……クラウディア!!大丈夫か?!」「…………うっ……だれ、か……が…………っ」
「しっかりしろ!!」
誰かが?誰かに落とされたのか?! あまりの驚きに昔の呼び方になってしまったが、私が強く呼びかけてもすでに彼女は意識を失った状態で、どんどん顔色が青ざめていく。ロヴェーヌ先生が落ちてきた階段の上を見上げても人がいる気配がない。
誰かに落とされたとしてももういるわけはない、か――――とにかく危険な状態だ、私の光魔法でひとまず回復させなければ。この状態だと最上級の回復魔法でなければ危ないかもしれない。
私は自分の中の魔力を最大限に高め、内側から溢れ出る光の力を解き放った。
「…………[治癒魔法]エンジェルブレス……」 私の体から放たれた光がロヴェーヌ先生の中に入っていき、彼女を包み込んでいく――――そして顔色がみるみる回復していき、すっかり青ざめていた頬に赤みが戻り、唇の血色も戻っていった。 「ふぅ……これで大丈夫だな」 しかしあれだけの衝撃だ、目覚めた時に頭痛や後遺症が残ってもおかしくはない。それにエンジェルブレスは万能な治癒魔法とは言え精神に働きかけるものではないので、もしかしたら目覚めるまでに時間がかかるかもしれない……ロヴェーヌ先生を公爵邸に運び、公爵に事情を話すと随分ショックを受けて青ざめていた。
自分の娘が命を狙われたとなれば、やはりショックを受けるのだろうな。
公爵は厳しそうな見た目だが、実はかなりの親バカなのは知っていた……あの手この手で自ら犯人捜しを始めるだろう。さすがに私にとっても衝撃的な出来事で、彼女を運ぶ際に少なからず動揺していた事は認めよう。
私が運んでから三日後に無事ロヴェーヌ先生が目覚めたとの知らせを受け取り、第一発見者である私はすぐに公爵邸に向かった。あくまでも第一発見者として状態を知っておくべきだと思ったからだ。公爵邸に入り、彼女の部屋に案内されている最中に突然室内から悲鳴のような声が聞こえてくる。
また何か起きたのか?!そう思った私は急いで部屋の扉を開いた。 「何事だ?何かあったのか?!」 部屋の中には侍女にもたれかかって今にも倒れそうになっているロヴェーヌ先生がいたのだった。いつも彼女は強気で弱さなど見せなかったが、その時は儚げで消えてしまいそうな痛々しい姿で、思わず手を差し伸べてしまいそうになる。
しかし彼女は風魔法の先生でもあるのだ、自身を回復する事など造作もないだろう。
「君は仮にも風魔法の教師なのだからすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」 心の中では動揺しつつもいつものように嫌味まじりに言ってみる。さあ、いつものように強気に返してくればいい。しかし今回は力なく笑い、やんわりと言葉を返してくるだけだった。
「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんか、ら――っ」 いつもは理事長と言うのに今日に限って王太子殿下と呼ぶ事に違和感を感じつつ、最後まで言い終わらない内にロヴェーヌ先生は本当に倒れてしまう。 彼女を何とか支えようと手を伸ばしたが、体勢が悪くて二人とも倒れ込んでしまったのだった。しかし私が下になったおかげで彼女に怪我はなかったようだ……内心ホッとしている自分がいる。
彼女は同じ職場の仲間だからな、何かあったら大変だ。 私がそんな事を考えていると、ロヴェーヌ先生が私の腕の中で随分戸惑っているような素振りを見せる。これしきのスキンシップなど日常茶飯事のくせに少女のように恥じらっているとは――――そうして彼女に私の手を指摘してされて、ゆっくりと自分の手元に視線を動かしてみると、自分が何を触っているかにようやく気付く。
彼女の恥ずかしい箇所を思い切り鷲掴みしてしまっていたのだった。 「す、す、すまない…………そもそも君が早く癒しの魔法をかけないから!」 自分で言っていて恥ずかしくなってくる――――明らかに触っている私が悪いのに、咄嗟に彼女のせいにしてしまうとは。しかしそんな私の態度に怒りを表すのでもなく、クスクスと笑い始めたのだった。
「な、何がおかしいっ」「ふふっだって殿下、ワザとじゃないのにそんなに動揺して……ふふふっ」
その時のロヴェーヌ先生は、誰がどう見ても可憐で、庭園に満開の花が咲いたかのような笑顔を見せていた。 目の前の人物は本当にあのロヴェーヌ先生なのか?私はコロコロと笑う彼女に釘付けだった。一人で立とうとする彼女を支えてあげると「ありがとうございます」と絶対に彼女が私に対して口にしないような言葉を照れながら伝えてくるではないか。
まるで別人だ……何かを企んでいるのか? しかし弱々しくも頑張る彼女を見ると無性に離れがたい気持ちに駆られ「無礼を働いてしまったからな」とよく分からない言い訳をしながらベッドまで付き添った。ロヴェーヌ先生もだが、私もどうかしている。
「また倒れられても困る、ロヴェーヌ先生には生徒が待っているので早く復帰してもらわなくてはならない」 何とかいつものように強気な言葉を放った。 すると彼女が「そう、ですわね。生徒が待っていますものね、早く回復するように頑張ります」と健気な笑顔でそう言ってくるので、自分の言葉を全力で後悔する。今日はもう帰った方がいいかもしれない……ここにいたら、自分が何を言い出すか分からない。
それほどまでにロヴェーヌ先生の様子に動揺している自分がいる。 「今日はもう帰る。まずはゆっくり休むんだ、体力が回復するまでは休むといい」 少々ぶっきらぼうな言い方だったが、そう伝えるだけで精一杯だった。 そして掛け布団をかけてあげると、目を合わせる事も出来ずにその場を後にしたのだった。ドロテア王国の第一王子として生まれた私は、ドロテア魔法学園を主席で卒業後、父上の跡を継いで学園の理事長に就任した。 父上も年齢を重ね、理事長職と国王としての職務を兼務する事が大変になってきた事もあり、私の社会経験の一環として早期に就任せよという話だった。 我が弟のダンティエスも同じような理由で卒業後に校長に就いたのだが、父上の思惑としては我々兄弟を競わせる意味もあったらしい。 今のところ私が王太子ではあるが、父上はダンティエスの能力が私より上回れば彼に王位を渡す事も考えていると仰っていた。 そこには無能な者に王位を渡す気はないという、国を想う国王としての断固とした考えがあると私は思っている。 だからこそ、この理事長という職をしっかりと全うしたいと常々考えていた。 我が学園に職員として入ってきた公爵令嬢のクラウディア・ロヴェーヌ嬢は、学園の風紀を乱す存在として見過ごす事の出来ない人物だった。 彼女とは幼馴染で昔は仲よくしていた事もあったが……一時期から疎遠になり、どんどん見た目が派手になっていった。 胸元を大きく開け、歩くだけで男を誘っていると言わんばかりの服装だ。 それとともに様々な良くない噂が私の耳をかすめていく。 男遊びが激しく、貴族令息を誘惑して回っているというものだ。見た目が見た目だけに誰もがその噂を信じていく。 私は昔の印象もあるので信じがたい気持ちだったが、学園の教職員として就任した彼女と話して愕然とした。 昔の面影は全くなく、ねっとりとした話し方で誘うような言い方をしてくるので思わず拒否反応が出てしまったのだ。 それでも信じがたかったが、私の目の前で男性職員に密着している姿を見た時は、もう昔の彼女はいないのだなと悟った。 いずれにしても学園の風紀を乱す者は許し難い事なので、彼女に会う度に何度も注意をしたが全く聞き入れる気はなく、私を堅物で融通が利かない人間だと言い放つ。 口を開けば甘ったるい話し方でそれについても注意をしたが「理事長が意識しすぎなんですよ。生徒にも特に何も言われた事はありません」と言い始める始末――――生徒が先生に意見出来ないでいるかもしれないのに、あまりに能天気過ぎる。 これ以上注意しても無駄だと放置してしまえば楽だっただろうが、理事長という立場上そうもいかないので様々な手を考
理事長室を後にして廊下を歩きながらさっきの王太子殿下からの話を思い出し、考えを巡らせていた。 記憶を改ざん? そんな事を出来るのは特殊な魔法を使える人だけのはず……この学園にそんな人物っていたかな。 生徒はまだそういう魔法は使えないし、もしいるとしたら職員の誰かって事になる。 それとも外部から来た人間に狙われている? 色々考え事をしながら歩いていると、目の前に突然現れた誰かとぶつかった衝撃で、書類が散らばってしまうのだった。 「ご、ごめんなさい!考え事をしていたものだから……」 私が書類を拾いながら謝ると、ぶつかってしまった相手は女性で、散らかった書類たちを一緒に拾ってくれていた。 優しい人だなと顔を上げると、ルビーピンクのウェーブがかった髪をゆるく結い上げた、美しい大人の女性がニッコリと笑ってこちらを見ていた。 すっごく素敵――――大人の余裕すら感じる。肌も綺麗だし、唇もプルンとしていて魅惑的。 こんな女性、ゲームの中にいたかな…… 「焦らなくて大丈夫ですわ、クラウディア先生」 「あの、あなたは…………」 「まぁ!私を忘れてしまったのです?養護教諭のカリプソですわ、やっぱり頭を強打したという話は本当でしたのね……」 カリプソ?う――ん、ゲームに出てきたかな…………何回考えても思い出せない。きっと頭を打ったから記憶が混乱しているのね。 こんな美人、一度見たら忘れるはずないもの。 「ごめんなさい、ちょっとまだ混乱してるみたい」 カリプソ先生は全ての書類を一緒に拾ってくれて、最後の一枚を私に渡してくれると、誰もが魅了されてしまいそうな笑顔で私を気遣ってくれた。 「まだ復帰されたばかりですし、無理しないでくださいね。もし具合が悪くなったら保健室に来ていただければベッドもありますし」 「カリプソ先生……ありがとうございます!」 なんて素敵な先生なの――――今日はそれだけでとってもいい一日になりそうな気がした。ひとまずその場はカリプソ先生に別れを告げ、颯爽と自分のクラスへと向かったのだった。 ――――放課後―――― 「初日からなかなかハードだったわね…………」 魔法学園は13歳から入学で1~4年生まであり、1学年に4クラス編成で火、水、風、土のクラスに分けられていた。 私が担任を受け持つクラスは4年生の風クラス。
「う――ん、素晴らしい」 この世界で目覚めてから10日ほど経って、その間健康的な食事と運動(主にジョギングと筋トレ)をしながら魔法を試したり、使いこなせるようにしたりと色々頑張った結果、美しい筋肉の筋が見えるようになってきて、自分の腕を見ながら感動していた。 やっぱり食事と運動って大事よね。 転生前の世界で運動部だった私は、その辺の知識を生かして筋肉が全然ついていないクラウディア先生の肉体改造に踏み切ったのだった。 クラウディア先生の体はとても女性的で魅力的だけれど、私には少し動きにくい。 胸も大きいので布を巻いてあまり揺れないように固定してみた。 この状態で運動してみたところ、とっても動きやすい! 学校の先生って肉体労働も多いだろうから、この状態で出勤しよう、そうしよう。このスタイルなら変に周りを誘惑する事もない……と思うし、あの堅物の王太子殿下も話しやすくなるんじゃないかな、なんて。 これから色々とお世話になりそうだから、悪印象は避けたいものね。 クラウディア先生は公爵家の令嬢でもあるから女性的なのは素敵な事なのだろうけど、その魅惑のボディで男性を誘惑していくキャラクターなものだから、殿下にはふしだら認定されている。 先生自体は全く男性と遊んでいた記憶もないし、勝手に言い寄られていただけなのに傍から見たら誘惑しているように見えるのね。 彼女自身も高慢な性格を演じていた事も相まって、男性がクラウディア先生につかまっているような構図が出来上がってしまっていた。 婚約者がいないのは好都合だけれど、皆に嫌われるのは避けたい。 何より何も悪くないクラウディア先生がなぜ孤独にならなければならないのか、釈然としないもの。 自分の中では極力周りを誘惑しないように服装に万全を期して出勤の準備を済ませ、馬車に乗り込んで魔法学園に向かったのだった。 魔法学園に出勤する時のクラウディア先生の服装は、丈の長いローブを腰の位置に太めのベルトで締め、ドレス状にして着こなしていた。 セリーヌに「いつものように胸元を開けますか?」と聞かれ、胸に布を巻いているし肌を見せるのは落ち着かないから、襟はハイカット。首元にはレースのクラヴァットをあしらうカッコいい装いにしてもらったのだった。 「お嬢様、今日の装いは一段と素敵です~~!」 セリーヌが服装を
セリーヌに言われて眠ったはずなのに、なぜか私はクラウディア先生の後ろにいて、彼女は学園での服を着て学園内を歩いている。 何度もプレイしたゲームなので、ここがドロテア魔法学園の校舎内である事はすぐに分かった。 どこに向かっているのだろう…………廊下を歩いていると生徒たちが声をかけてきて、クラウディア先生も楽しそうに言葉を返していた。 「先生、次の授業は何を教えてくれるの?」 「クラウディア先生、この魔法のコツを教えて」 その様子を後ろから見守るような形になっていた。幽体離脱というより、夢で彼女の記憶を見ているって事かな? もちろん生徒たちには私の姿は見えていないようだ。 生徒達との会話が終わり、広い校舎内を一人歩いていくクラウディア先生の後をついていくと、エントランスホールに下りる大きな階段にさしかかった。 クラウディア先生は普通に下りようとしていたのだけど、突然時が止まったかのように彼女が動かなくなる。 どういう事?これは魔法なの? 今の私は幽体みたいな状態だからなのか、私自身は自由に動く事が出来ているわ。 クラウディア先生の前に行って先生を起こそうとしてみたものの、透けてしまって触る事も出来なかった。 そりゃそうよね……記憶を見ているのかもしれないし、もしこれが過去の出来事なら私がどうこう出来るわけがない。 じゃあ、この後ってどうなるんだろう。 確か私が目覚めた時にセリーヌや殿下が階段から落ちてって言ってたような……するとクラウディア先生の後ろからノイズのような性別が分からない声が聞こえてきたのだった。 「さようなら、クラウディア先生」 その声とともに時間が動き出し、誰かに背中を押されたクラウディア先生は階段を一直線に滑り落ちていったのだった―――― 『クラウディア先生!』 もちろん私の声など届くわけはないんだけど、先生の元に駆けつける前に突き落とした犯人の方を振り返ると、影のようになっていてよく見えない。 誰なの?誰が先生を――――――絶対に見つけてみせる――――! そう決意したところでゆっくりと目が覚めて、今いる世界に意識が戻っていく。 「…………夢……」 目覚めると酷い汗をかいていて、ネグリジェのようなドレスも汗で湿っていた。
目の前にシグムントがいる。 あのゲームでは一番人気で能力もずば抜けて高いチートキャラクター。 全ての魔法が得意なのに加えて、光の魔法が使えるただ一人の人物。 でも私がクラウディア先生なのだとしたら、2人は幼馴染でありながら犬猿の仲だったはずよ。どうしてシグムント殿下がクラウディア先生の邸に? 彼は極度の堅物で、クラウディア先生のようなふしだら(に見える)女性は嫌悪の対象なので、二人は顔を合わせれば嫌味の押収だった。 今一番会いたくなかったな……中身はクラウディア先生じゃないのに、いつも嫌味を言ってくるシグムント殿下にどうやって立ち向かえばいいの?! クラウディア先生なら負けじと言い返す事が出来るのだろうけど……私がそんな事を悶々と考えているとセリーヌが彼に挨拶をし始める。 「王太子殿下、大きな声を出してしまい申し訳ございません!お嬢様が頭痛で倒れられたので――」 「頭痛?ああ、あそこから落ちたのだから頭を強打しているのは知っている。私は学園の理事長だからな、今日は職員の見舞いに来ただけだ。しかし君は仮にも風魔法の教師なのだから、目覚めたらすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」 そう言えばそうだ。クラウディア先生が得意な魔法は風魔法で、癒しの魔法もあるはず。 でも中身が私なのでそもそも使い方が分からない。 転生したばかりで混乱している状態で癒しの魔法を使ってもボロが出そうだし、今は止めた方が良さそう。どうにかして切り抜けないと……。 「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんから……っ」 殿下にそう言って一人で立ってみたものの、やっぱり無理かも……立った瞬間に頭がグラっとして目が回り、目の前が暗くなっていく―――― 「お嬢様!」 「ロヴェーヌ先生!」 2人の声が遠くに聞こえる…………体が地面に倒れ込もうとしたところで誰かが私を受け止めてくれて、事なきを得たようだった。 「…………っ……いたたっ」 思わず声が漏れてしまったけど、倒れた衝撃で頭がガンガンするだけで、体に痛みはなかった。 私を支えている力強い腕、これはセリーヌのものではない。 …………だとすると、殿下?ハッとして
――ズキン――ズキン――――――頭が割れるように痛い―――――― ――どうしてこんなに痛いの―― ――こんなところで寝ている場合ではないのに―― ――だって今日は―――――― だんだんと意識が暗闇から光のある方へのぼっていく。 その間も頭痛が止むことはなく、この痛みが夢か現実か分からずに、とにかくこの痛みから解放されたいと願っていると、目の前にパアァァと光が広がってハッと目を見開いた。 そこには、今までの人生で見たことのない景色が広がっていたのだった。 「え……何?この部屋……………………」 目が覚めて最初に飛び込んできた景色は、よくあるおとぎ話に出てくるお姫様のような部屋だった。 さっきまでうなされていたのか、額には汗が滲んでいる。 「ここは日本、じゃない……?」 ベッドに寝ながら呟いたひと言は、静まり返っている部屋に虚しく響いただけだった。 私は大学でバレーボール部に所属していて、今日は春季リーグがある大事な日。 そして、そんな日に限って寝坊したものだから、焦りながら走って試合会場へ向かったはず……会場近くの横断歩道を渡れば着くと思ったところでトラックが………………こちらに向かってきたところまでは覚えている。 その後は? まさか私、あのトラックにはねられて……? 「うそ…………そんなの信じない…………」 背が高い事がコンプレックスで、何か自分に自信をつけたいとバレーボールを始めた。 そしてそのバレーボールで強豪の大学に入る事が出来、レギュラーにもなれて優勝目指して頑張っていたのに……練習を頑張り過ぎて寝坊してしまうなんて。 何が現実で何が夢なのか、訳が分からないのでひとまず体を起こしてみる。 ――――ズキーンッ―――― 起き上がった瞬間に頭が異常なほど痛みだし、ズキズキするので布団の上でうずくまってしまう。 痛すぎる――――もし死んだとしてもどうして頭が痛むの?死後の世界なら痛みなんてないハズじゃ―――― そこまで考えて、ふと違う考えが私の頭を過ぎっていった。 ここは死後の世界じゃないかもしれない……布団は妙にリアルだし、周りの景色もリアルな感じがするのよね。頭は痛むけれど、ここがどこ